宿に戻った俺は、商業ギルドで聞いた件についてロシェに自分の考えを話してみた。
『人間の考えなんて私には読み切れないけど、状況をみる限り、アキツグの考えはあっていそうな気がするわね』
「だよなぁ。踊らされる人達は可哀想だけど、王女の、ひいては王国の一大事となればしょうがないか」 『まぁ、彼らも最初から半信半疑で動いているんだし、それほど落胆はしないんじゃない?それに嘘の噂のつもりが真実だったなんて万が一もあるかもしれないし』 「確かに。最初からあるかも分からないものを探しに行ってるんだから、見つからなかったとしても仕方ないと思う程度かもしれないな」 『それで?アキツグは万が一の運試しをしに行くの?』 「いや、金銭に困っているわけでもないし、やめておくよ・・・いや、金銭が使えないことには困っているけど。それよりミアは大丈夫かな?どっちが流した噂なのか分からないが心配だ」 『流石に本隊に合流できたなら大丈夫じゃないかしら。私も心配ではあるけど、あの近衛兵の人達に付いて行っても邪魔にしかならないでしょうし』 「それは・・・そうだな。せめて俺がもうちょっと戦えれば足を引っ張ることもないんだろうけど」 『無いものねだりしてもしょうがないわよ。身を隠すすべは手に入れたんだし前進はしてるんじゃない?』 「あぁ。なんでもネガティブに考えてしまうのは良くないな。ロシェありがとう。少し元気出たよ」 『それならよかったわ。まぁミアのことは近衛兵の人達を信じるとして、私達はどうする?』 「う~ん。結構慌ただしくこの街まで来てしまったし、もうしばらくのんびりしても良いかなと思ってるんだけど。・・・そういえばサムール村はどうなったんだろう?カルヘルド手前で襲われたから向こうもサムール村に残ってはいないと思うけど」 『気になるのなら見に行ってみる?』 「気になるといえばなるけど、何もされてなかった可能性もあるし、何かされてたとしてもハロルドさんが上手く対処している気がする。俺がいまさら行ったところでできることもなさそうなんだよな」しばらく他に良い案も浮かばずベッドに寝転がりぼ~っと天井を眺める。
道中は聞いていた通り道も整備されており、護衛を連れていない商人や平民の様な人達ともちらほらすれ違った。やはり心配しすぎだったかもと思いつつも初めての道だし、慎重を期しただけだと自分を納得させることにした。 数時間後、予想通り何事もなくヒシナリ港まで到着することができた。「到着っと。まあやっぱり何もなかったな。帰りはどうする?見て分かったと思うが、護衛なんていらなかったろ?」確かに道中、魔物の一匹も見かけなかった。その上慣れているらしいこの辺りの人は普通に往来していた。「そうですね。でも、ログさんは良いんですか?」 「あぁ気にすんな。俺は普段からよくこっちに来てるからな。珍しい護衛依頼を見かけたからついでに受けただけだ。適当に飯でも食って帰るからよ」 「分かりました。ここまでの護衛ありがとうございました」 「おうよ。まぁ、ここには珍しいもんもあるから楽しんでいってくれ」そういうとログさんはひらひらと手を振りながら飯屋に入っていった。 改めてみるとヒシナリ港は海に向けて土地の一部が突出しており、そこにちょうど大小様々な船が停船していた。 今日の荷揚げはもう終わっているようで、一部の船は既に出航していた。 周りには新鮮な魚や別大陸の食材を売りにした食事処や、取れたての魚の販売や貝殻などをアクセサリに加工した露店など色々な店が並んでいた。『結構賑やかね。それに海って本当に終わりが見えないのね。水の上にあんなに大きな船が浮かんでいるのも初めて見たわ』 「あぁ、この辺は岸辺だから大丈夫だろうけど、先に行くと深さも信じられないくらい深い場所もあるからな。俺も海は久しぶりに見た気がする」 『へぇ。そうなのね』ロシェは海の景色を気に入ってくれたようだ。物珍し気に眺めている。 俺も同じように眺めていたのだが、ふと人通りに目を向けるとそこには黒髪でゆったりしたローブを身にまとった女性が立っていた。 こちらの世界に来てから黒髪の人間はほとんど見なかった。それに何となく懐かしさを感じて見ていると、向こうもこちらに気づいたらしく目が合った。
朝になると窓の外が騒がしくなり目が覚めた。窓を開けていると今日も大陸からの船が到着したようで荷揚げや朝市が開かれていた。『朝はこんなに活気があるのね』 「あぁ、荷揚げ作業もだけど、商人とか欲しいものがある人達にとっては早い者勝ちなところがあるからな。希少な物はオークション形式にしているみたいだし、これだけ賑やかになるのも仕方ない」近場で朝食を食べてからせっかくだからと朝市を見て回り、気になったものなどをいくつか取引していると昼前になっていた。思いのほか長居したなと思いながら昼食を食べ終えて、カルヘルドへの帰路に着くことにした。 しばらく街道を進んでいると近くの森の方から金属を打ち付けたような音が聞こえてきた。『森の中で誰か戦っているようね』 「えっ?でもこの辺は魔物もほとんどみないって」 『そうね。戦ってる相手が魔物とは限らないけど』言われてみれば確かに。こんなに人通りの多いところでは盗賊なども難しいとは思うが絶対じゃない。特に森の中に誘い込めれば人に見られない様にするのも容易だろう。 とはいえ、俺が行っても何の助けにもならない。ロシェなら不意打ちできるかもしれないが反撃にあう可能性もあるだろう。 迷いはしたが、やはり気づいてしまった以上見捨てるのは寝覚めが悪い。「ロシェ、悪いけどいざという時は頼めるか?」 『助けに行くの?相変わらずお人好しね。まぁ私もそのおかげで助けられた側だしね。任せて』 「ありがとう」恐る恐る近づいていくと、やがて争いの音も聞こえなくなった。まずい、すでに決着がついてしまったのかもしれない。気を付けつつも音がしたほうへ急ぐとそこには倒れ伏す人影とそのそばに立つ人影の二つがあった。「誰だ?こいつの仲間か?」立っていた人影の方がこちらに振り向いて誰何の声を上げた。 その姿には見覚えがあった。昨日ヒシナリ港で見かけた黒髪の女性だ。「ん?お前は確か昨日の」向こうもこちらのことを覚えていたらしい。 何故か怪訝そうな表情を浮かべている。「仲間じゃない。誰かが
彼女がどうやってロシェに気づいたのかは分からなかったが、見る限り彼女に敵意はなさそうだし、ロシェを見られても問題はないだろうと判断した。「ロシェ、姿隠を解いて貰っていいか?多分この人は悪い人間ではないから」 『そうみたいね。何か知らない単語も聞こえてきたけど、あなたは知ってるみたいね。同郷とか言っていたし。まぁあとで教えてくれればいいけど』そう言いながらロシェが姿を現す。 彼女は目の前に現れたロシェにほんの少し驚いた様子を見せた。「本当にそこに居たのね。ほんの僅かに気配を感じたので鎌を掛けたんだけど・・・戦闘中だったら気づけなかったわね」そう彼女は悔しげに口にした。 改めてみると彼女は容姿端麗を絵に描いたような姿をしていた。 長い黒髪に、切れ長の黒い瞳。ゆったりしたローブを着ているが、恐らくスタイルも良い。年齢は20歳くらいだろうか。見た目の割に言動が落ち着いていて大人びて見える。「この子はハイドキャットのロシェッテだ。同行しててもこの子の姿隠に気付けた人は今までいなかったから俺もびっくりしたよ」 「ハイドキャット・・・聞いたことがある。希少な種族で人前に姿を現すことはほぼないとか。この子がそうなのね。アキツグさんはどうしてこの子と一緒に居るの?」 「ロシェが何かに襲われて足を怪我して動けなくなってたところに出くわしてな。手持ちの薬で手当てしたのが縁で、それから行動を共にしてる感じだ」 「なるほど。あなたの言葉を理解して指示にも従ってくれるみたいだし、随分慕われているのね」 「あぁ、なんだかそうみたいだ。目立ちそうなんで人目がある時は姿を隠して貰ってる」 「それが正解でしょうね。・・・ねぇ。アキツグさん、良かったらなんだけど、私もあなたの旅に同行してもいいかしら?」 「え?俺達に?いったいどうして」 「今まで一人旅だったんだけど、どうも一人だと面倒ごとが多くて。お邪魔でなければどうでしょうか。こう見えて戦闘面では役に立てると思いますよ。私、Bランク冒険者ですから」Bランクということはあのクロヴさんよりも上なのか。この若さでBランクなんて
「そういえば、カサネさんって出会った直後とその後でなんか口調変わってないですか?」盗賊を縄で縛り、馬車まで戻ってカルヘルドへ戻る道すがら、俺はもう一つ気になっていたことを聞いてみた。「あぁ、あの時は敵かどうかも分からなかったので、舐められない様にわざときつめの話し方にしていたんですよ」 「そういうことか。確かに結構迫力あったからな。ナンパされた時も同じように対処すれば相手から引いてくれるんじゃないか?」 「そういうものでしょうか?とはいえ、街中で見知らぬ人に話しかけられていきなりあの口調で返すのはどうかと。。何かに困って声を掛けたのかもしれませんし」優しいんだな。結構嫌な目に合ってきたんだろうに。それでもそれ以外の人達のことを考えて気を配れるなんて。「それなら話してみてカサネさんがナンパだと判断できたら対応を変えるのはどうだろう?」 「なるほど。なるべく事を荒立てないようにと早めに会話を切って逃げるようにしていたのですが、それが良くなかったのかもしれませんね。今度試してみます」 「あぁ。でも相手によっては逆切れとか逆恨みするようなのも居るから、気をつけてな」 「それはご心配なく。私これでもBランク冒険者ですよ?そうそう負けたりはしませんよ」 「それも結構ビックリしたんだけどな。この前護衛して貰った人は冒険者歴7年でCランクって話だったから。カサネさんはこの世界に来て何年くらいなんだ?」 「3年くらいでしょうか。最初は戸惑うことばかりでしたが、幸い村の人は優しい方ばかりで、色々と教えて頂きました」 「ってことは冒険者歴はそれより短いってことだよな。やっぱりすごい才能があるんだな。俺は戦いはさっぱりだから羨ましいよ」 「それは才能というより、スキルに恵まれたからだと思います。アキツグさんも特殊なスキルをお持ちのようですが、私もなんですよ」 「あぁ、スキルか。なるほどな」カサネさんは戦闘関係の特殊スキルを得ることができたらしい。 この世界では身を護るすべは前の世界よりも重要だ。彼女のような人がそれを手に入れられたのは幸いだろう。「それにそれを
朝になり、宿屋の前でカサネと合流してから近くの食堂で今後のことについて話すことにした。「カサネはどこに向かう予定だったんだ?」 「特に目的があるわけではないのですが、王都は一度見に行こうと思っていました。ここからそう遠くないらしいですし」王都か。一日経っているしミア達と襲撃者の件も落ち着いているだろうか? 俺達も特に目的はなかったし、危険がなさそうなら向かっても良いかもな。「王都か、俺も行ったことがないからちょうどいいかもな。念のため冒険者ギルドや商業ギルドで情報収集して問題なさそうなら向かおうか」 「そうしましょう。そういえば昨日宿の人から聞いたんですが、街の北の方で黄金竜が出たらしいですよ。知ってました?」 「あ~うん。一応。その話についてもついでに聞いてみようか」あまりその話を信じていない俺は微妙な反応しか返せなかった。 カサネはその様子を不思議そうに見てきたがここで話すようなことでもないので、適当に別の話題を振って流すことにした。 食事を終えてまずは冒険者ギルドに向かう。 受付で王都方面の動向を伺うとやはりミア達と襲撃者の衝突があったらしい。「なんだか高貴な方がお忍びの旅から戻る途中だったらしくて、そこに盗賊一味が襲撃を仕掛けて結構な大捕り物になったらしいですよ」 「高貴な方達の方は無事だったんですか?」 「さぁ?詳しいことまでは。盗賊側はほとんどが捕まったらしいので、護衛をしていた人達が倒したのではないかと思いますが」 「なるほど。ありがとうございました」それだけ聞いて受付から離れる。「なんだか大変なことが起きていたようですね。気にされていた様ですが、もしかしてお知り合いだったりするんですか?」 「うん。ちょっとね。あとで話すよ」そう言って、今度は商業ギルドの方へ向かった。 受付で黄金竜のことについて聞いてみる。「あ~黄金竜ですか。あれはやっぱりデマだったみたいですよ。調査したところこの街も含めて近辺の村や町でも黄金竜を見た人は居なかったらしいです。いったいどこからそ
街を出てしばらく街道を歩いていると、道の先に何かの焦げ跡や周囲の草木が荒らされている一帯が見えた。近くには何かを調査しているような人達の姿も見える。恐らくあそこが戦闘のあった場所なのだろう。 邪魔をしない様に少し避けてそばを通り抜ける。「あの様子だと結構な人数同士での戦闘があったみたいですね」 「そういうの分かるんだ?」 「えぇ、戦闘のあった場所の広さとか傷のつき方とかでなんとなくですけどね」その時、横になっていたロシェがすっと立ち上がった。『何か近づいてくるわ。野生動物かしら、2,3匹だと思うけど気を付けて』 「分かった。カサネさん野生動物か何かが2,3匹近づいているらしいです」 「えぇ。ここは私に任せて下さい」そういうとカサネさんはポーチの様なものから杖を取り出し、近づいてきた動物たちに構えた。「アイシクルアロ-」その声に反応して杖の先から数本の氷の矢が生み出され、放たれた矢は正確に動物たちを貫いた。「おぉ、すごい!」 「?・・・」何だろう?何だかカサネさんの様子がおかしい。矢を放った姿勢のまま困惑したように固まっている。「あのアキツグさん・・・・どうしましょう?」 「え?何がですか?」 「えっと、その魔法の交換に同意しますかって聞かれているんですけど」 「えっ?」カサネさんの言葉に、慌ててスキルを確認してみると、スキルレベルが上がっていた。-------------------------------- スキル:わらしべ超者Lv5 (解放条件:特定条件下で相手が交換に同意する) 自分の持ち物と相手の持ち物を交換してもらうことができる。 自分の持ち物と各種サービスを交換してもらうことができる。 手持ちの商品を望む人に出会える。 条件を満たした相手と知識を交換できる。ただし相手からその知識は失われない。 ※相手が同意したもののみが対象となる。 条件を満たした相手と魔法を交換できる。
その日の夜、野営地で食事を取りながら先ほどのスキルの件について話しをしていた。 「せっかく得たスキルだし試してみたいところだけど、カサネさんは使ってない魔法とかはないか?」 「使ってない魔法ですか・・・う~ん。一応代用の利く魔法ならディグですかね」 「それってどんな魔法?」 「地面を掘る魔法ですね。普段は使いませんし道具さえあれば代用はできると思うので」 「なるほど。とりあえず、交換対象の交渉が完了しなければ交換されないと思うからそこまで試してみても良いか?」 「交渉まで、ですか。分かりました。アキツグさんを信じます」 「ありがとう。それじゃぁ、君の魔法ディグと交換したい」 「・・・・・・さっきの同意確認の声は聞こえないですね」 「あれ?これじゃダメなのか。カサネさんはさっき条件を満たしたはずだから、これで行けると思ったんだけど。てことは魔法ごとに何か条件があるとか?」 「かもしれませんね。ディグも使ってみましょうか?さっきはアイシクルアロ-を使った後に同意確認の声が聞こえましたし」 「そうだな。頼む」カサネはまた杖を取り出すと今度はそれを地面に向けた。「ディグ」その言葉に応えるように杖が指していた地面に穴が開いていく。「便利なものだな。そういえば詠唱とかは必要ないのか?魔法って詠唱とか魔法陣とか必要なイメージだったけど」 「高度な魔法になると必要になりますね。私が使っている魔法も詠唱した方が精度や威力が上がるんですけど、普段は速度重視で詠唱破棄しています」 「へぇ。そんなこともできるのか」 「あ、同意確認の声が聞こえました。アキツグさんが実際にその魔法を見るのが条件に含まれているみたいですね。それでは、同意・・・します!」「「相手が魔法ディグの交換に同意しました。交換対象を提示することで交渉が可能です」」カサネさんが同意すると俺にも交換交渉の声が聞こえてきた。 こういう感じになるのか。やはり順序が気にはなるが、そちらは一旦置いておいて 彼女に手持ちで高そうな品を一通り提示する
俺の説明を聞いていたカサネさんは、途中で何かに気づいた後、納得したように頷いた。「そんなことがあったんですか。言われてみれば、アキツグさん食事の支払いも物々交換でしてましたね」 「やっぱりスキルのことを知ると物々交換のことにも気づけるんだな」 「あの時は不自然に感じませんでしたけど、スキルのことを知った後だと良く相手に拒否されないなと思ってしまいますね」 「ほんとにな。さて、本当なら交換した後で戻せるのかとかも知りたいところだけど、流石にリスクが高いしそっちは今後機会があることに期待するか」 「・・・良いですよ。交換しても」 「えっ?いや、でも戻せなかった時に後悔しないか?」 「絶対しないと言えば嘘になりますけど、ディグなら仮に使えなくなっても戦闘面で影響することは少ないですから」有難い申し出だけど、どうしたものか。 交換が成立する以上、同じ内容で交換できないということはないと思うのだが、絶対とは言い切れない。でも、この機会を逃したら次はいつになるか分からないしなぁ。「それじゃ、頼んでも良いか?もし返せなかった時はできる限り代替になる方法を探すから」 「そこまで気にして下さるだけで十分です。それにその場合は対価として私もどちらかの魔道具を貰うことになりますよ?アキツグさんは大丈夫ですか?」 「あぁ、大丈夫だ。それじゃ交換しよう」 「はい」お互いの意思を確認すると、消音のブーツがカサネさんの手に渡り、俺は魔法を得られた感覚があった。 念のため能力を確認してみる。-------------------------------- スキル:わらしべ超者Lv5 (解放条件:特定条件下で相手が交換に同意する) 自分の持ち物と相手の持ち物を交換してもらうことができる。 自分の持ち物と各種サービスを交換してもらうことができる。 手持ちの商品を望む人に出会える。 条件を満たした相手と知識を交換できる。ただし相手からその知識は失われない。 ※相手が同意したもののみが対象となる。
「やめろーーー!!」言葉と同時、指向性だけを持たされた魔力の塊が黒ずくめの男に放たれた。「なっ?」また先ほどと同じような膜のようなものが男を守ろうとしていたが、タミルの魔力に耐えきれずにバリン!と割れる音を残して男を吹き飛ばした。「ぐっ!こ、こいつ魔導士だったのか。そんな素振りは全くなかったぞ」予想外のところから攻撃を受けた男は受け身も取れずに壁に叩きつけられていた。 よろよろと立ち上がろうとしている今なら俺でも取り押さえられるかもしれない。 俺は咄嗟に駆け出して男の両腕を押さえつけようとしたが、それに気づいた男が腕を振り回して俺の拘束から逃れた。「ちっ!不意を突かれたとはいえただの素人にやられたりはせん。それより逆らっていいのか?これ以上逆らえば、タミルだけでなくこのハイドキャットの命もないぞ」 「ぐっ!くそっ」やはり俺ではこういう時に何の役にも立たない。男はタミルの魔法を警戒して俺たち二人から視線を逸らさないままタミルに猿轡を噛ませようとしていた。「フリーズランス!」そこに突如第三者の声が乱入してきた。飛来した氷の槍は寸分違わず黒ずくめの男の右肩に突き刺さった。男はそのまま勢いに押され、タミルさんを放して地面に倒れこんだ。「ぐぁ!ま、また魔法だと、何なんだいったい」男はそれでも右肩を抑え立ち上がろうとしていたが、近づいてきた女が次の魔法を放つ方が早かった。「フリーズロック」床を這う氷の蔦が男の足に絡みつきそのまま男の下半身を氷漬けにする。「し、しまった!くっ、お前はもう一人の魔導士のほうか。俺に気づかれない様にあとから近づいてきたという訳か」男の言う通り、そこには魔法を放った張本人のカサネさんが立っていた。「アキツグさんとりあえず、その男を拘束してください」 「え?あ、あぁ分かった」展開に付いて行けず、とりあえず言われた通りに俺は男に近づこうとした。「失敗か。無念。ぐっ!」それに対して男は何かをかみ砕いたかと思
タミルさんとの交渉が失敗に終わり、俺達は一旦街まで戻ってきた。 宿屋の食堂で昼食を取りながらこの後どうするかを考える。「ミアには報告の手紙でも出すとして、このあとどうしようか?」 「う~ん。私も冒険者ギルドで依頼を受けながら何となく旅をしていた感じなので特に目的地っていうものはないんですよね」カサネさんが少し困った様子でそう答える。 俺も同じようなものなんだよな。そういうほどこの世界に来て年月は経ってないが。 俺はミアから貰った大陸地図を広げながら、近場の村の一つを指さす。「そうだな。近場だとハイン村があって、大きな牧場をやっているらしい。ホワイトブルやフラワーシープって動物の牧畜をやってて、その肉やミルクと体毛が特産品みたいだな。肉は一度食べたことがあるけど、本当に美味しかったぞ。体毛は貴族のドレスなどの材料になるらしいな」 「牧場ですか。あまり見る機会はないので、行ってみるのも良さそうですね」次に大陸の北と南にある街を指した。「このマグザとパーセルにはどちらも魔法学園があるらしい。魔法のことを調べるならこのどちらかに行ってみるのも良いかもな。魔法嫌いな人間は居なさそうだけど」 「魔法学園ですか。どんなことを教えてるのか気になりますね。私は殆ど独学でしたから」やはり魔法が好きなのだろう。その表情は生き生きしていた。 スキルがあるとはいえ、前の世界にはなかった魔法という存在を独学でここまで使いこなしている彼女はやっぱり才能があるのだろう。「急ぐたびでもないし、両方行ってみても良いかもな。俺も魔法には興味が出てきたし」 「使えるようになると良いんですけどね。なんだかすみません。。」 「いやいや謝らないでくれ。望まない人から無理に貰うつもりはないから」と、そんな話をしているところでリリアさんが一通の手紙を持ってきた。「アキツグさん、これ先ほど宿の外であなたに渡して欲しいと頼まれまして。中に居ますよって言ったんですが、急いでいるからと」 「手紙?誰からだろう?あ、ありがとうございます」 「いえい
次の日、コウタから聞いていたクロックド商店のクレル茶葉を購入してから、ロシェの案内で南の森の小屋に向かった。『あそこよ。気配はあるから家の中にいるようね』 「そうか。ありがとう」ロシェに礼を言って、扉をノックしてみる。 扉の中からは少しの間反応がなかったが、その後確認するかのように扉が開かれた。「誰だ?こんな森の中に態々知らない人間が来るなんて」出てきたのは20代くらいの青年だった。この人がタミルさんか。「初めまして。俺は商人のアキツグです」 「私はカサネです」 「タミルだ。やはりどっちも聞いたことないな。何の用だ?」タミルさんは訝しげに聞いてくる。 俺はミアから渡された封筒をタミルさんに差し出しながら答える。「ミアからの紹介で、少しお話をさせて頂きたくて伺いました」 「ミア?・・・これは!?ミアってまさかエルミア様のことか!?」俺は敢えて正式名称で呼ばないようにしたのだが、タミルさんは手紙を見るや驚いて大声で聞いてきた。そのあと自分の声に気づいて慌てて口を閉じる。「すみません。驚かせるつもりはなかったのですが、そうです。ミアとはとある事件で知り合って、今は大事な友人です」 「この国の王女を友人って・・・あんた変わってるな。まぁだからこそエルミア様がこんな手紙を渡したんだろうが。分かった。とりあえず話は聞こう」そう言って、タミルさんは俺達を中へ招いてくれた。 招き入れる時、ロシェを見て少し表情を緩ませたように見えた。 そして、調理場と思われるところでポッドでお湯を沸かし始めた。「あ、これ。良ければ使ってください。」ちょうど良いタイミングだったので、俺は手土産に持ってきた茶葉を差し出した。「あぁ、悪いな。ん?これは、あの店のクレル茶葉じゃないか。良いセンスしてるな。それとも態々俺の好みでも誰かから聞いたのか?」 「えぇ、偶々知り合いから」 「へぇ。まぁ隠してるわけでもないし、別にいいけどな」先ほどより少し機嫌がよ
話を聞いている内に日も暮れてきたため、タミルさんのところへは明日向かうことにして、今晩は宿屋『夜の調べ』で休むことにした。「いらっしゃいませ。あら?あなたはアキツグさん?」 「リリアさん、お久しぶりです。2部屋開いてますか?」 「えぇ、空いてますよ。お連れさんがいらっしゃるんですね」 「はい。またお世話になります」 「カサネです。よろしくお願いします」 「ご丁寧にどうも。私はこの宿屋の亭主でリリアです。こちらこそよろしくお願いしますね」カサネさんの挨拶に丁寧に返しながら、リリアさんはちらっとこちらを見たが、特に何か言うこともなく部屋に案内された。やっぱり誤解されている?ある意味はっきり聞かれたほうが否定できて楽かもしれなかった。 部屋に荷物を置き、夕食を頂くことにした。「明日はタミルさんに会いに行くんですよね?」 「そうだな。折角ここまで来たんだし、何もせずに諦めるっていうのもな」俺もカサネさんも難しい顔をしていた。あんな話を聞いた後では無理もないだろう。 と、そこでリリアさんが壇上に上がり歌い始めた。「綺麗な歌声ですね」 「あぁ、久しぶりに聞くけどやっぱり彼女の歌声は癒されるな」先ほどまでの雰囲気が嘘のように穏やかな気持ちで彼女の歌に聞き惚れていた。 食事を終えて部屋に戻るとロシェが部屋で丸くなって休んでいた。「ロシェおかえり。今日は悪かったな」 『ただいま。というか、この状況でお帰りは私のセリフの様な気がするけど』 「ははっ。そうかもな。ただいま」 『それで、会いに行った兄妹はどうだったの?』 「あぁ、すっかり元気になっていたよ。コウタの方も働き口を見つけたみたいでな・・・」と、ロシェに今日あったことを話した。『良かったじゃない。これで一つアキツグの心配の種も減ったわけね』 「そうだな。あの様子ならあの子たちは大丈夫だろう。俺なんかよりずっとしっかりしてるしな」実際あの歳なら遊びたい盛りだろうに、親もなく二人で生活している
話にも一区切りつき、二人の元気な様子も確認できた。 まだ行くところもあったため、今日はそろそろお暇することにした。「カサネお姉ちゃん、絶対また来てね」 「えぇ。コヨネちゃんも元気でね」いつの間にやらコヨネはカサネさんのことをお姉ちゃんと呼んでいた。 カサネさんも満更ではない様で嬉しそうにしつつも別れの挨拶をしていた。「コウタ、もういくつか薬渡しておくな。まだ働き始めだから大変だろうけど、頑張れよ」 「あ、ありがとう。実は言い出しにくかったんだ。もう少しすれば薬を買う余裕もできると思うから頑張るよ。いつか絶対にこの恩は返すから」 「期待して待ってるよ。今は自分達のことを第一に考えればいい」そうして二人と別れを告げると、次は商業区にあるハロルドさんのお店に向かった。 店に入り店員さんにハロルドさんを呼んでもらうと、少ししてハロルドさんがやってきた。「おぉ!アキツグさん、ギルドから聞いてはいましたがよくご無事で。また再会できて嬉しいです」 「ハロルドさん、お久しぶりです。色々ありましたが何とか戻ってこれました」 「こんなところで立ち話もなんですから、とりあえずこちらへどうぞ」そう言って、部屋に案内された。「そちらの方は初めましてですな。私は商人のハロルドと申します。以後よろしくお願いいたします」 「初めまして、私はカサネです。よろしくお願いします」 「それにしても綺麗な方ですな。もしやアキツグさんの恋人ですかな?」 「いやいや、違いますって。途中で一緒になった旅の仲間です」なんだ?この街の人は色恋沙汰が好きな傾向でもあるのか? 今日二度も聞かれたためか、カサネさんも心なしか恥ずかしそうにしているし。「これは失礼を。お似合いのお二人だと思ったもので思わず聞いてしまいました。 それで本日は何か御用事がおありで?」 「いえ、ちょっとした用事でこちらまで戻ってきたので、ご報告も兼ねてご挨拶をと思いまして」 「なるほど。確かにあの後色々あったみたいですからな
その後、最近の様子などをコヨネから聞いていると、入口の扉が開いた。「ただいま~っと、あれ?お客さんか?・・・あ!アキツグさんじゃないか。戻ってきたんだ!」 「コウタ、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」 「そうなんだ。コヨネがすっかり元気になってさ!全部アキツグさんのおかげだよ!」コウタは俺に気づくと、嬉しそうに俺に礼を言ってきた。「いや、二人が頑張ったからだよ。俺はちょっと手伝っただけさ。でも、今コヨネちゃんにも言ったけど、完治できるかはこれからに掛かってるからな。油断せずにこれからも気を付けるんだぞ」 「うん。うん。アキツグさんの言いつけを守って頑張るよ。そうだ!聞いてくれよ。俺、工場で働かせて貰えるようになったんだ。まだまだ下働きだけど、親方も頑張ってるって褒めてくれてさ!」コウタも初めて会った頃と違ってすっかり明るくなったようだ。 約束通り盗みも止めていたし、働き口も見つかったようで安心した。 これなら、コヨネちゃんも良くなっていくだろう。「あぁ、コヨネちゃんからも聞いたよ。頑張ってるみたいだな。二人が元気になって俺も嬉しいよ」 「お兄ちゃん、気持ちは分かるけどカサネさんにもちゃんと挨拶して」コヨネちゃんがそう言うと、コウタはそこで初めてカサネが居たことに気づいたようで、慌てて謝った。「あ、ご、ごめんなさい。俺、コウタって言います。コヨネの兄です」 「初めましてコウタ君。私はカサネです。気にしなくても大丈夫ですよ。ふふっ、二人とも本当にアキツグさんのことが好きなんですね」楽しそうにカサネが笑った。 コウタが恥ずかしそうにしながらも返事をする。「アキツグさんは俺達の恩人だから。俺はアキツグさんに悪いことをしたのに、話を聞いて妹の治療までしてくれたんだ。いくら感謝してもし足りないくらいだよ」 「誰にだって魔がさすことはある。コウタの場合は妹のためって理由もあったしな。今はちゃんと反省して働いているんだし、そう気に病むことはないさ」 「ありがとう。もうあんなことはしないよ。約束したしな」
数日の旅路を越えて再びロンデールの街に戻ってきた。「思えばここからミアを連れて行ったんだよな。あの時はあんな大事に巻き込まれるなんて思いもしなかったけど」 「最後には王国の危機を救う手助けになっちゃいましたね」隣でカサネさんがくすくす笑っている。 笑いごとで済んで良かったよ。もし失敗してたら大惨事だったもんな。。「ハロルドさんにもあいさつに行かないとなぁ。とはいえ、まずは彼らの様子を見に行くか。カサネさんはどうする?」 「宜しければご一緒して良いですか?お話を聞いてたから私も妹さんのこと気になります」 「じゃ、一緒に行こうか。ロシェも・・・あっ!あ~ロシェは少し散歩でもしてきてくれるか?実はその子、喘息っていう病気でな。動物の毛とかで病状が悪化する可能性があるんだ」 『そういうことなら仕方ないわね。私はどこかで適当に休んでおくわ』 「悪いな」ということで、カサネさんと二人の家に向かうことになった。 コウタの家に到着し、扉をノックする。「は~い」中から女の子の声が返ってきた。コヨネちゃんのようだが随分元気そうだな。 少しすると扉を開けてコヨネが姿を見せた。「どちらさまで・・・あれ?もしかしてアキツグさん?アキツグさん!お久しぶりです。見て下さい、アキツグさんから頂いたお薬のおかげで私動けるようになりました!こ、こほっ」俺に気づいたコヨネちゃんが嬉しそうに現状を伝えてくれた。勢いが過ぎてまた咳が出てしまったようだが。「あぁ、元気そうで安心したよ。そんなに慌てなくても良いから。コウタは外出中か?」 「はい。お兄ちゃんはお仕事に行ってます。アキツグさんが旅に出たあと少しして、工場の下働きとして働かせて貰えるようになったんです。っと、すみません。もう一人いらしたんですね。初めまして、私コヨネっています」 「初めまして、私はカサネです。アキツグさんとはヒシナリ港で会ってね。それから同行させて貰っているんです」 「わぁ!ヒシナリ港って海があるところですよね?私見たことないんです。いいなぁ。あ、すみません
「時間もあるし、とりあえず私の部屋に戻りましょ」とミアが自分の部屋へ案内してくれた。「改めて、皆ありがとうね。お蔭で私もお父様も無事で事態を解決することができたわ」 「上手くいったみたいで良かったよ」 「本当に。あの夜は気になってあまり眠れませんでした」 『ミアは少し危なかったけどね。兵士さんが駆けつけてくれて良かったわ』ロシェの発言に俺とカサネさんは驚いた。ミアは少しばつが悪そうにしている。 俺達は二人からあの夜何があったのかを聞いた。「攫われる一歩手前じゃないか。ロシェに頼んで正解だったな」 「えぇ。対策はしたつもりだったけど、あの人数は想定外だったわ」 「それにしてもミアも魔法が使えたんだな。この前の道中では見なかったけど」 「なるべく知られたくなかったからね。本当にいざという時以外は使わない様にしていたの」そういうミアは少し申し訳なさそうにしていた。あの時のミアは依頼人みたいなものだったし、護衛も居たのだから彼女が謝る理由はないのだが。「別に気にする必要はないさ。あの時ミアは護衛対象だったしな。それに予想通り大事なところでそれが役に立ったんだから正解だったわけだ」 「ありがとう。それにしても本当に何も褒美を貰わなくて良かったの?あんな計画を阻止した功労者なんだから、ある程度のことなら通ったと思うわよ?」ミアは勿体ないという顔でこちらを見ていたが、二人とも特に欲しいものもなかったからあの回答で正解だろう。「あぁ、俺は偶々あいつらの話を聞けただけで、襲撃時には何の役にも立ってなかったしな」 「私はついて行って話を聞いてたくらいでしたからなおさらですね」 「聞きそびれていたけど、ロシェは良かったか?もし何かあれば今からでも頼んでみるが」 『特にないわ。もしあるならあの時に言ったわよ』 「そうか。なら問題ないな」俺達は納得したのだが、助けられた側のミアとしては何か納得しづらいようだ。 何かいい案はないかと首を捻っている。「う~ん。じゃぁ私個人に対して
朝になって俺達が待ちきれずに王城へ向かおうとすると、そこにちょうど兵士の一人が伝言を伝えに来た。 どうやら国王の暗殺計画は失敗に終わり、ミア達も無事だったようだ。 それは良いのだが、何故か俺達が功労者として国王との謁見を許可されたという話まで一緒について来ていた。「えぇ、、どうする?これ」 「どうするも何も、私達に断る権利なんてないと思いますよ」困惑する俺に対して、カサネさんも同じように動揺しながらもどうしようもない事実を告げる。「そうだよな。国王様からの謁見の招待を断るなんて、よほどの理由がないと無理だよな・・・」ミアとは出会った状況が特殊だったから、その後もそれほど気負わず付き合えているが、いきなり国王と知ってる相手となると恐れ多さが出てきてしまう。「私も気持ちは分かりますが、あのミアさんのお父様なのですし少なくとも悪い方ではないと思いますよ」 「まぁ・・・そうかもな。それに功労者として呼ばれてるわけだし、変なことにはならないはずだよな。緊張はするけど」 「えぇ。礼儀に気を付けて言われたことに応えさえすれば大丈夫だと思います」カサネさんにそう言われて俺は気づく。「俺、この国の礼儀作法とか全然分からないぞ!?」 「そう言われると私も不安かも。商業ギルドで聞いてみましょうか」 「何で商業ギルドなんだ?」 「何となく冒険者ギルドよりは、礼儀が大事な気がしません?あと情報を聞くならギルドが一番無難かなと思ったんです」確かに。一番良いのは王城の人だろうが、昨日の騒動が収まっていない今言っても邪魔になるだけだろう。そういう意味ではギルドは正しい判断だと思う。「そうだな。商業ギルドで聞いてみるか」やるべきことが決まったところで早速商業ギルドに向かった。 流石に王都にあるギルドだけあって謁見の際の作法についても知っていた。 二人で少量の謝礼を払い簡単な講義を受けた。 幸いなことにそれほど難しい内容ではなかったので、これなら大丈夫だろう。 その後も衣装など、失礼にならない程度